人相

吉凶禍福について菜根譚(さいこんたん)ではこういっています。

人生の福境禍区は、皆念想より造成す
じんせいのふくきょうかくはみなねんそうよりぞうせいす

人生の幸福・不幸の境界は、皆その人の心の働きそのものがつくり出すものである。人間の幸・不幸はその人自身の心によることをいう。

 

人の幸・不幸は、その一念の持ち方によるので、欲望のとりこになれば焦熱・苦海や地獄でのたうちまわることになる。だから一念を清浄に持し、また、迷いから目覚めよという釈尊の言葉を用いながら説明する。明の洪自誠の『菜根譚』に述べる言葉。
菜根譚 明の時代の書 洪自誠著(こうじせい)



上記と同じように、心の持ちかたによって、人は不幸にもなれば幸福にもなる、ということを三国志では

意の存する所は、便ち禍福と為る
いのそんするところはすなわちかふくとなる

と言っています。

 


20年前に83歳の女性を鑑定しました。対面して思わず「美しいお顔されていますね」と言いました。お世辞でもなんでもありません。本当に美しかったのです。美しい相をされていたのです。

 

皺(しわ)はたくさんありました。その皺が美しさを生み出しているのです。お笑いになると皺も一緒になって笑い、見ている側も自然に笑顔になります。

 

「皺は自ら施した自然の化粧」と勝手に言っているのですが83歳の女性の化粧はパーフェクトでした。

 

会った人の心を和ませてくれる美しい人相の持ち主は、しかしながらその人生は波乱に満ちたものでした。時代背景もあります。みんなが大変だった時代です。

 

お話をお聞きすればするほど、それなのになぜこのような美しいお顔をされていらっしゃるのだろうと不思議に思いました。年齢を重ねると人生は顔にでます。顔は嘘をつかないのです。

 

顔のことを面(おもて)といいます。時代劇にでてくる「面(おもて)をあげよ」の面(おもて)、表裏のおもてです。その場合の裏は心です。

 

「心さびしい」(うらさびしい)「心悲しい」(うらがなしい)というように、「心」を「うら」と読みます。古語辞典によれば「その心(うら)なる感情が外にあらわれるところを面(おも)という」とあります。

 

人生は顔に出ます、といいましたが厳密にいえば心が顔に、人相にあらわれるのです。
同じような環境ですごしたとしても心の持ち方で幸不幸の感じ方は違ってくるのでしょう。

 

その後も何度もお会いしましたがお会いするたびに満面の笑みに和み、しあわせな気分を味わわせてくださいました。そして83歳の女性の美しいお顔を拝見しながらある禅語をかみしめました。

君診双眼色、不語似無憂
君みよ双眼の色 語らざれば憂いなきに似たり

 

故事成語・古語は下記の2冊から引用致しました。
◎漢文名言辞典 大修館書店
鎌田正・米山寅太郎
◎字訓 平凡社
白川静